先日、母と観たい映画があり
鎌倉の小町通りをちょっと入ったところにある
川喜田映画記念館を訪れた。
映画の目利きとして
世界の映画界でもその名を知られた映画人
川喜田かしこさんと共に
世界各地を旅した旅行トランクが展示されている。
ホテルのステッカーをいっぱい貼った
川喜田さんの旅行トランク。
さわってみたら
たくさんの物語を語ってくれそうだ。
さて、旅行トランクといえば
いまだに忘れられないシーンがある。
場所はどこだったか、
とても暑い国の小さな空港で
滑走路には陽炎がゆらゆらと立ち、
肌が黒いスタッフが青いユニフォームを着ていたことだけは覚えている。
その日は空港到着がぎりぎりになった。
「あなたが最後のパッセンジャー。急いでね!」と搭乗券を手渡され
「サンキュー!」と駆け出そうとし、
ラゲージ台に置いた黒いスーツケースにもう一度目をやった。
新しく買い換えたばかりの自慢の新品で
その旅で泊まったホテルのステッカーが二枚貼られていた。
スタッフに誘導され走って搭乗口に向かい、
飛行機に乗り込むと、すぐにドアが閉められた。
ホッとして窓の外を見ると
陽炎がたつ滑走路をこちらに向かって手を振りながら走ってくる人がいる。
はて、誰か忘れ物でもしたのだろうか?
かなり走るのが早い人のようで、
はじめは豆粒のようだった姿がぐんぐんとズームインしてくる。
近づいてくるにつれ片手に何かを引きずっているのが見えた。
黒くて四角いものにヒモをつけ、コンクリートの地面を滑らすようにしている。
荷物室のドアが開けられ、それが放り込まれると
飛行機はすぐに滑走路を走りはじめた。
黒い顔に白い歯を輝かせて手を振っている彼の姿があっという間に小さくなった。
目的地に到着し、ラゲージクレームに荷物を受け取りに行くが
わたしのスーツケースが見当たらない。
遅くチェックインしたから後から来るのかなぁと思っていたのだが
とうとう最後に灰色のが一つになった。
その灰色のじゃないと言い張るわたしに
ネームタグを手に取った空港スタッフが
「チフゥーミ・ムレイス?」
な、なぜわたしの名前を???
驚いてそのスーツケースをよく見ると
かつて艶やかな黒い色をしていたものは
片側だけがサンドウォッシュされたように灰色 ..... 。
以来、高価なスーツケースを買うのはやめた。
それでも傷いっぱいのわたしのスーツケースは
いろんなことを語ってくれる。