深夜の都心のシティホテル、コーヒーショップでのこと。
弁護士が、険悪な表情の夫婦とともにテーブルについた。
弁護士からの依頼で、ケーキにはフォークではなくスプーンが添えられた。
離婚協議中らしく、まもなく夫婦間での激しい応酬が始まり、言い合いの声が店内に響いた。
かなり険悪になってきた頃、チーフ・ウェイターがさりげなくテーブルの上からグラスや花瓶を下げた。
そのうち大きな物音とともに怒号が店内に響いた。
妻が夫にコーヒーをぶちまけ、テーブルから乗り出して殴りかかろうとしているのを弁護士が体を張って止めている…という阿鼻叫喚な状況。
びしょ濡れになってわめいている夫、髪ふり乱して殴りかかろうとしている妻。あたりに散乱した食器にカトラリー。ぐちゃぐちゃのテーブル。倒れた椅子。
この修羅場を片づけようと、若いウェイターがタオルを手にして向かおうとしたところ、チーフ・ウェイターがそっと腕に手をかけて止めた。
「こういう時は、何もしないのがサービスだ」
(険悪なムードのときは、ナイフ、フォークはそっと下げる、
これがホテルマンの心得)
これは実話です。
ホテル情報誌「ホテルジャンキーズ」で長い間、人気だった連載コーナーに「ブルーレター from ホテルマン」という、ホテルマンたちからの投稿ページに掲載されたエピソードだが、これを聞いたとき、
すごいっ!
と思った。
これぞ、サービスの至言だと思います。