hotel gadget

ホテルジャンキー村瀬千文とホテルにまつわるヒト・モノ・コト

ラストリゾートとしてのホテル 〜3.11 東日本大震災時のホテル対応事例(2)

■ANAインターコンチネンタルホテル東京


港区の赤坂・六本木にまたがるアークヒルズにあり、霞ヶ関にも近いANAインターコンチネンタルホテル東京は、客室数844室の都内でも有数の大型ホテルのひとつで、37階建ての高層ホテルである。

ロビーのシャンデリアが一部破損したり、高層階の壁紙が揺れによって亀裂が入ったりする以外には大きな被害はなかったが、ビルの耐震構造のため高層階は大きく左右に振れるように揺れた。37階の「MIXX バー&ラウンジ」のスタッフによると、同じように左右揺れていた「向かいのアーク森ビルとくっつきそうに感じた」。しかし、幸いなことに地震前に改装を行い、出来る限りの地震対策をこうじていた同店では、酒のボトルもグラスもひとつとして割れなかった。

地震当日の客室は、震災前より約90%の予約率。予約をしていても来館できないゲスト、新たな予約のリクエストが殺到した。宿泊スタッフたちはその難しいコントロールに奔走した。

夕刻、交通機関の運休のニュースが伝えられ、帰宅するのが困難な状況になると、続々と人々がホテルに入って来た。当夜のレストラン利用客や帰宅困難者の来館人数は、延べ約千人に及んだ。

GM(総支配人)のファーガス・スチュワート氏の指示のもと、当日勤務していたスタッフたちは緊急配置につき、ホテルは都心で働くビジネスマンたちの「避難所」に姿を変えつつあった。

メインエントランスの玄関のドアは、緊急時に備えてすべて開け放された。ロビーフロアにあるコーヒーショップ「カスケイドカフェ」は24時までは通常営業したが、その後は待機場所となった。アトリウムラウンジの一角は天井にシャンデリアがあるエリアは除いてこちらも待機場所に。

地下1階の約200平米の中規模の宴会場2つを、それぞれ待機場所と寝室に分け、避難してきたゲストに開放した。ゲストを2階メインロビーやB1の宴会場に集約した方が把握できるため、その他レストラン&バーは通常営業後は閉扉した。

ふだんはバックオフィスで仕事をしているスタッフたちも、この日は前線に立った。広報推進担当マネージャーの森直美さんも、夕方から翌朝まで夜を徹してロビーに立った。2階ロビーのコンシエルジュデスク横にホワイトボードを置き、横のデスクのパソコンで最新状況をチェックしたり、オフィスで情報収集しているスタッフからの情報も聞きながら、刻一刻と変わる交通機関の運行状況を日本語と英語でボードに書き続けた。

「皆さん、やはり一番の関心は、いつ電車が動き始めるかどうかということでボードの情報を注視されていました。『田園都市線が動き始めました』なんて書くと、関係する方たちから歓声が上がり、さっと人が動くんです。私はふだんはこうした担当でもありませんし、交通機関について特に詳しいわけでもなんでもないのですが、ここに立ってボードに交通情報を書いていると、だんだん皆さんに『○□まで帰りたいのだが、どうしたらいいだろう?』など聞かれるようになりました。そのうち私もだんだん詳しくなってきて、『今動いている○△線でここまで行って、△□駅までは歩いて行かれて□○線に乗り換えてください』なんて答えられるようになりました(笑い)。

ベルサービスやゲストリレーション、コンシエルジュなどのスタッフ達と一緒に一晩中、朝までロビーで案内役を務めましたが、不思議なほど疲労を感じることはありませんでしたね。接客に当たった現場では、スタッフが皆、そうだったようです。お客様から『あなたちも大変だね』『おかげで助かりました』と労いや感謝の言葉をいただけたことが励みとなったからだと思います。災害時だからこそ、お客様も従業員も関係なく助け合う姿勢が芽生えるように思いました」

宴会場を担当したスタッフは、翌朝、寝場所として提供した宴会場を片づけに訪れ、感動した。毛布がわりに提供したテーブルクロスがすべて一ヶ所に集められ、きちんと畳んで積みあげられていたのだ。

同ホテルは、高層階の二つのレストランを数日間営業休止した以外は通常どおり営業を保持し、平時と変わらぬいつもどおりのホテルであり続けた。


◆ホテルが取った対応


総支配人を中心とした対策本部を設置。

防災マニュアルの緊急時連絡網に沿って社内伝達。

各部門でセクション別にゲストと従業員の安全確認と報告。

全客室階(7~35階)にバック部門のスタッフを配置し、ゲストへの案内や誘導を実施。

メインロビーを非常時の体制に一部レイアウト変更し、スタッキングチェアを並べ避難客の受け入れを行う。

地下1階の中規模の宴会場(各200平米前後)を、それぞれ待機場所と寝室に分けて開放。待機場所の方にはテーブルと椅子をセットし、水(災害時用のミネラルウォーター2リットルボトルやピッチャー入りアルカリイオン水とカップ)を提供。会場内ではホワイトボードで各交通機関の運行状況等の情報を夜を徹して提供。

寝室の会場には毛布や、テーブルクロスをシーツや毛布代わりに提供。同じく中規模の宴会場を従業員仮眠場所として手配。これら3会場は隣り合わせになっており、非常時に集約しやすい点、また避難経路にあたるバック導線への扉数が多いため。

2階メインロビーのコンシェルジュデスクの所に災害時用のミネラルウオーター2リットルボトルとカップ、500ミリリットルのミネラルウォーターを用意。食事の提供は検討したが、 宴会場で泊まったゲストに朝コーヒーを提供するにとどめた。24時までコーヒーショップ「カスケイドカフェ」を通常営業していたことと、同ホテルの場合、地下鉄・私鉄が動き次第、帰宅しようとするゲストが多かったことに加え、提供にあたり不公平感が出ることを考慮しての判断。

2階メインロビーでは、ホワイトボードで各交通機関の運行状況等の情報を、夜を徹して提供。

<続く>