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ホテルジャンキー村瀬千文とホテルにまつわるヒト・モノ・コト

ラストリゾートとしてのホテル 〜3.11 東日本大震災時のホテル対応事例(7)

ザ・キャピトルホテル東急


溜池山王にあるザ・キャピトルホテル東急は、赤坂、虎の門などのオフィス街からは徒歩圏にある。地震当日、ホテルに避難してきた帰宅困難者にはホテルが入っているビル内の企業に勤務する人々のほか関連会社の社員なども加わった。

地震発生時、総料理長の加藤完十郎さんは外出先から戻るところで、乗っていた銀座線が虎の門駅で止まったため、徒歩でホテルへと向かった。ホテルに着き、現状がどうなっているか確認するや否や、加藤さんは厨房のリーダーとして矢継ぎ早に指示を飛ばした。

「昔、羽田(2004年閉館した羽田東急ホテル)に25年ほど勤めたのですが、ここでは『緊急召集』っていうのがしょっちゅうかかりましてね、これで鍛えられたDNAが私にはあるんです。たとえば、大きな飛行機事故があったりすると家族控室になった宴会場で食事をお出ししたりするんです。1982年の日航機の羽田沖墜落事故も85年の日航ジャンボ御巣鷹山墜落事故も経験しました。ジャンボ機一機羽田に引き返すから一時間後に400名分の食事を用意しろ、とかね。その時、教えられたことが、『まず、パンを確保せよ』でした」

今回も、加藤さんがまず尋ねたのは、「パンはどのくらいあるの?」「米は?」。ストックの確認を終えると、次に、「買えるだけ買え!」と小麦粉と米の発注をさせた。水は翌日、原発問題の発生を聞いてすぐに発注をかけた。

『パンの確保』を終えると、次に「今日はどのくらい外から人が来るの?」「社員はどのくらい泊まるの?」と尋ね、とりあえず200食くらいと見込み(最終的には300食分提供)、何を作るかメニューを決めた。

「ウチには産直で仕入れている野菜がいっぱいありますので、メニューはカレー、豚汁、パン、サラダに決めました。こういう緊急時に大切なのは、何よりもスピードなんです。とにかく早くできるもの。そして、気のきいたもの。季節的に温かいもの。これらを宴会場でカフェテリアのように並べて、好きなものを取って食べていただきました」


加藤さんによると、緊急時において正しいことは、とにかく早く作ること。米も早く炊き上げることが最優先だから、水切りなんてしなくていい。スピードが何よりも優先されるというのが加藤さんが羽田で学んだことだった。

「考えながらやれ、走りながらやれ」という加藤さんの叱咤号令のもと、厨房は戦場になった。

「緊急時はとりあえずファースト・アクションを起すことが大切なんです。考えてから行動を起すのではなく、まずアクションに入り、手を動かしながら考えるんです。何百人前を今すぐ作れと言われれば、いくらプロでも大変なことです。アドリブで臨機応変にやらないと。

当日お出しした牛筋のカレーなどは、まず冷凍してあったものを先に出して、併行して新しいものを作りました」

こうして夜七時頃から一階の宴会場では食事の提供を始めることができた。加藤さんがホテルに戻ってきて指示してから3時間あまり後のことだった。

「やはりこういう非常時の際の食事っていうのは、元気づけられるものなんですよ。空腹を満たすのはもちろんですけれど、お互いに言葉をかけあったりとか話をしたりとかが癒しになるんですね。連帯感も強まりますし」

一方、ゲストに接する最前線のひとつである3階のロビー階のラウンジ&オールデイダイニング「ORIGAMI」。

池田マネージャーがしなやかな身のこなしで、ちょうどその日が誕生日のゲストのテーブルにバースデイケーキを置いた瞬間、揺れが始まった。

「ちょうどお客様に『おめでとうございます!』とバースデイケーキをお出しした瞬間でした」

ガラス窓の向こうでは池の水が大きく波打ち、ザバーッと音を立ててガラス窓にぶつかっては砕け散り、制振構造のため制振ダンパーが出す不気味な音が響きわたり、最初はいったい何が起きたのかわからなかったという。

エレベーターが止まったため、ホテルの客室やオフィスに戻れなくなった人たちが集まってきて、一時店内はいっぱいになった。隣接するメインロビーにも椅子が用意され、チェックイン予定のゲストたち向けにコーヒー、ジュース、ミネラルウォーターなどの飲み物の提供を始めた。

人数が増えてきたため宴会場を避難所として開放し、ラウンジコーナーの椅子で夜明かししたのは三名ほどだった。

オリガミと隣接するロビーには天井と壁に木組みのオブジェがあるが、この木がガタガタと大きな音を出して揺れていたのが、落ちないとわかっていても怖かったというのは、マーケティングの大西さん。揺れで気分が悪くなってロビーの床に座り込む女性のゲストもいた。

「エレベーターがストップしたため、スタッフ総出で非常階段を使ってお客様をお部屋までご案内しました。ウチの場合、客室は18階から29階の高層階にあるものですから、みんなもう汗びっしょりかきながら非常階段を何度も昇り降りしている姿がものすごく印象に残っています」

<続く>